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神戸地方裁判所竜野支部 平成7年(ワ)10号 判決 1996年2月09日

主文

一  被告は、原告に対し、金一億〇四〇一万一一八二円及びうち金九九〇一万一一八二円に対する平成三年九月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その八を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、一億一八五九万五六二八円及び内金一億一三五九万五六二八円に対する不法行為日の翌日である平成三年九月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の加害車両による衝突事故により負傷した被害者である原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条により損害賠償を請求した事案である。

一  事故の経緯

1  交通事故の発生(争いがない。但し、態様については一部争いあり。)

発生年月日 平成三年九月一八日午後七時頃

発生場所 揖保郡新宮町下野五四四番地一一先の信号機の設置された交差点(以下「本件交差点」という。)

加害車両 被告運転の普通乗用自動車

被害者 本件交差点を歩行横断中の原告

態様 南から北進して本件交差点に進入してきた被告運転の加害車両(以下「被告車両」という。)前部が、折から本件交差点を東から西に向けて婦人用自転車を引いて横断歩行中の原告に衝突し、その衝撃により、原告を約一二メートル北寄りの路上に転倒させたというもの

2  右事故により、原告は、脳挫傷、外傷性くも膜下出血等の傷害を負い、平成三年九月一八日八重垣病院で診察、応急措置を受けた後、同日以降平成五年一月六日までツカザキ病院、同日以降平成五年三月三一日まで姫路中央病院、同日以降現在まで木下病院において入院し治療中である(争いがない)。

平成六年八月三一日症状固定。病名脳挫傷(争いがない)。

3  (日動火災海上保険株式会社を介しての)既払い金 二五七二万一二〇八円(争いがない)

4  原告の主張する損害 合計額一億六八五八万〇二〇九円

<1> 治療費 一一二〇万三六九四円(争いがない)

<2> 付添い看護費 一二二四万八四三九円(争いがない)

<3> 入院雑費 一五七万〇五〇〇円

(一五〇〇円×一〇四七日間)

<4> 休業損害 一一三八万〇四八〇円

(一万〇八八〇円×一〇四六日間)

<5> 入院慰謝料 八〇〇万〇〇〇〇円

<6> 後遺症慰謝料 二五〇〇万〇〇〇〇円

<7> 逸失利益 二五八〇万六二二八円

<8> 将来の介護料(入院費等を含む) 七三三七万〇八六八円

(月額五三万円×一六年のホフマン係数)

5  残金 一億四二八五万九〇〇一円

6  弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

7  原告の請求内容

「右残金と弁護士費用の合計一億四七八五万九〇〇一円及びうち一億四二八五万九〇〇一円に対する不法行為日の翌日からの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求」の一部請求である「一億一八五九万五六二八円及びうち一億一三五九万五六二八円に対する不法行為日の翌日からの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求」

二  主たる争点

1  事故態様・過失相殺

2  損害額のうち、特に<4>休業損害、<5>入院慰謝料、<6>後遺症慰謝料、<7>逸失利益、<8>将来の介護料

第三争点に対する判断

一  事故態様・過失相殺

1  前示争いのない事実及び証拠(原告法定代理人供述、被告本人供述、甲一、一四ないし一八、弁論の全趣旨)によれば、事故の態様は以下のとおりと認められる。

本件交通事故は、平成三年九月一八日午後七時頃、揖保郡新宮町下野五四四番地一一先の信号機の設置された本件交差点において、道路幅員約六メートルの南北に走る県道を南から北進して本件交差点に進入してきた被告車両前部が、折から本件交差点を東から西に向けて婦人用自転車を引いて横断歩行中の原告に衝突し、その衝撃により、原告を約一二メートル北寄りの路上に転倒させたというものである。

本件交差点の北東角には大型水銀灯が設置されており、本件事故当時も交差点内は明るい状態で、被告車両のような北進車は、交差点手前約七〇メートルから横断歩道が確認できる状況にあった。

交差点内には横断歩道が設置されており停止線も見やすく表示されていた。

交差点の東西方向の信号機には歩行用押しボタンが取り付けてあり、通常は県道の南北方向が黄色灯火の点滅信号、東西の横断道路は赤色灯火の点滅信号になっている。

右信号は、歩行者が歩行者用押しボタンを押せば、南北が青色、東西が赤色となり、その一〇秒後に東西が青色となる。

被告は、約六〇メートル手前から、本件交差点の進行方向の信号が黄色灯火の点滅であることを確認した。当時小雨が降っており、フロントガラスの水滴付着により前方の視界が不良であり、ワイパーの使用を考えたりもしたが、結局は作動させず前方の視界不良の状態で進行を続けた。しかも、南北の県道は時速四〇キロメートルと速度規制がなされていたが、被告車両の速度は、これを二〇キロメートルも超える時速六〇キロメートルの高速度であった。

本件衝突の場所は、横断歩道上で東から西へ三・七メートル歩いた場所であり、衝突時、被告車両の接近を知った原告は危険を感じて戸惑い立ち止まっていたものと推認される。

被告は、衝突の直前約一七メートルに至って初めて原告を発見し、急制動の措置をとったが間に合わず、被告車両前部を原告に衝突させ、その衝撃により、原告を約一二メートル北寄りの路上に転倒させた。

以上が認められる。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告代理人は、本件事故時、原告は青信号に従って歩行し、被告車両は赤信号を無視して進行していたものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  右認定した本件事故の態様等をもとに以下過失相殺割合を検討する。

まず一方が赤色灯火の点滅で他方が黄色灯火の点滅である場合にはいわゆる交通整理の行われている交差点には当たらない(最決昭四四・五・二二刑集二三・六・九一八)。かかる交差点にあっては、車両は、横断歩行者のないことが明かでない限り、当該横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならず、横断中あるいは横断を開始しようとしている歩行者がいるときは当該横断歩道の直前で一時停止し、その通行を妨げてはならないのである。

以上を踏まえて本件をみるに、本件横断歩道は水銀灯により明るい状態で視界的にも約七〇メートル手前から確認できる状況にあったのであり、他方原告は自転車を押しながらの歩行であるからより目に留まりやすかった状況といえるし、また、その衝突位置が横断歩道の中央を越えたところであることをも総合すれば、原告が前方を注視していさえすれば容易に原告を発見でき、結果を回避できたものと認められる。しかし、被告においては、フロントガラスに水滴が付着し、前方の視界が不良であるにもかかわらず、制限速度を毎時二〇キロメートルも超えた時速六〇キロメートルの高速度のまま加害車両を進行させ、約一七メートル手前で原告を初めて発見し、急制動の措置をとったが間に合わずそのまま原告に衝突したというものであって、原告の過失は極めて重大である。

反面、原告においても、押しボタンを押して青信号になるのを待って横断を開始しなかったと認めざるを得ないこと(原告代理人は、この点で、原告は押しボタンにより信号が青色になるのを待って横断を開始した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)、横断中においても被告車両の接近に気づいた筈であり、その時点で中央線の手前の南行き車線側で停止し、被告車両の通過を待つとかの方策を講じ得たのではないかとの原告側の落ち度というべきものも認められる。

しかしながら、右の原告の落ち度というべき点を考慮しても、前示のとおりの横断歩道横断中の歩行者に対する注視義務安全運転義務を怠った被告の過失責任は重く原告の過失相殺割合は五パーセントをもって相当と判断した。

二  損害について

1  各費目毎に検討する。

<1> 治療費 一一二〇万三六九四円(争いがない)

<2> 付添い看護費 一二二四万八四三九円(争いがない)

<3> 入院雑費 一四〇万二七〇〇円

(一三〇〇円×平成三年九月一八日から症状固定日である平成六年八月三一日までの一〇七九日間)

前示争いのない事実、前示認定事実及び証拠(弁論の全趣旨)により右のとおり認める。

<4> 休業損害 一四七万八〇八二円

原告代理人は、原告は昭和六三年定年退職後、本件事故当時適当な仕事に就くために一時的な休養をとっていたものであり、間もなく就労の予定であった旨主張する。しかし、原告において本件事故当時無職であったことは明かであり、また本件全証拠によるも本件当時具体的な就労の予定はなく、就労のための準備をしていた形跡も窺えない。しかしながら、原告が、田約五反一畝、畑約一反一畝を耕作していたことが認められる。右耕作による収入は年間五〇万円(農林水産省統計情報部編「平成四年産農産物生産費調査報告・米麦類の生産費、野菜生産費、果実生産費」を参考。)と認めるのが相当である。休業損害の期間は本件事故から症状固定日までの一〇七九日間と認めるのが相当である。(前示争いのない事実、前示認定事実及び証拠(原告法定代理人供述、甲一三、一九、弁論の全趣旨)により認める。)

よって、本件事故による休業損害は、左のとおりと算定される。

五〇万〇〇〇〇円÷三六五日×一〇七九日=一四七万八〇八二円

<5> 入院慰謝料 四〇〇万〇〇〇〇円

原告の症状固定日である平成六年八月三一日までの一〇七九日間、原告が寝たきりで重篤患者として入院し治療を受けていたことに対する慰謝料として四〇〇万円が相当である(前示争いのない事実、前示認定事実及び証拠(弁論の全趣旨)により認める。)。

<6> 後遺症慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円

原告は、長年子女の教育に専念し、四〇年近く教職に従事し、定年退職後自宅を新築し妻との生活を楽しんでいくという矢先の事故であった。原告は、症状固定後も脳挫傷による知能障害、四肢痙性麻痺等により、いわゆる寝たきりの状態で、食事用便等全て自力ではできず、今後他人の介護を要する状態であり、回復の見込みはない。以上によれば、後遺症による慰謝料として二四〇〇万円が相当である。(前示争いのない事実、前示認定事実及び証拠(弁論の全趣旨)により認める。)

<7> 逸失利益 一八九一万〇一二九円

前示のとおり後遺障害により、原告の労働能力は一〇〇パーセント喪失した。また、原告において、前示のとおり、本件事故当時は無職で求職活動もしていなかったものであるが、本件事故がなければ、今時の傾向及び原告が長年教職に従事していたことからして、その後将来にわたって就労しないままというより、何らかの職業に就いたという蓋然性は強いものと認められる。全国性別年齢別平均給与額表(産業計、企業規模計、学歴計、賃金センサス五年第一巻第一表、六五歳以上)を参考に、前示の耕作収入をも加味して、症状固定時における原告(六六歳)が取得したであろう年間収入は、三六八万三六〇〇円と認める。また、喪失期間は六六歳男子の平均余命一一・二七歳(厚生省第一二回生命表)の二分の一(端数切り上げ)である六年間と認め、その新ホフマン係数を用いて左のとおり算定した。(前示争いのない事実、前示認定事実及び証拠(弁論の全趣旨、原告法定代理人供述)により認める。)

三六八万三六〇〇円×五・一三三六=一八九一万〇一二九円

<8> 将来の介護料(入院費を含む) 五八〇五万四二〇八円

前示のとおり、原告は症状固定後も、いわゆる寝たきり状態で起居動作全く不十分のため、個室の病室での入院を継続し、他人の介護を要する状態であり、これまで職業付添人の介護を要したのと同様に、今後将来にわたっても職業付添人による介護が必要であり、その各費用は、入院料として一日七〇〇円、個室病室料として一日四〇〇〇円、入院雑費として一日一〇〇〇円、介護費用として一日一万一五六〇円をそれぞれ下ることがないものと認められ、その合計は一日一万七二六〇円となり、右入院及び介護を要する期間は、前示のとおりの平均余命一二年間(端数切り上げ)と認めるのが相当であるから、その新ホフマン係数を用いて左のとおり計算した。(前示争いのない事実、認定事実及び証拠(原告法定代理人供述、甲九ないし一二、二〇、二一、(各枝番を含む)、乙一ないし三五、弁論の全趣旨)により認める。)

一万七二六〇円×三六五×九・二一五一=五八〇五万四二〇八円

2  右のとおりであるから以上の損害金額合計は一億三一二九万七二五二円となる。

3  右損害金合計一億三一二九万七二五二円を基に前示過失相殺割合の五パーセントを減じれば一億二四七三万二三九〇円となり、これから、前示争いのない既払い金二五七二万一二〇八円を差し引くと損害金残額は九九〇一万一一八二円となる。

右損害金残金に、本件損害と相当因果関係のあると認められる弁護士費用五〇〇万〇〇〇〇円を加算すると、総合計は一億〇四〇一万一一八二円となる。

第四結論

以上のとおりであるから、原告の被告に対する請求のうち、一億〇四〇一万一一八二円及びうち九九〇一万一一八二円に対する不法行為日の翌日である平成三年九月一九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲では理由がありとしてこれを認容し、原告のその余の請求は失当であるから棄却することとし、主文のとおりと判決する。

(裁判官 熱田康明)

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